――除名・除籍・離党の増加と民主集中制の構造的限界
内部改革はなぜ難しいのか
日本共産党の内部改革を考えるとき、まず問題になるのは「制度」と「運用」の違いだ。規約は討論や批判の権利を明記し、形式上は内部からの改善を否定していない。他方で、民主集中制、分派禁止、決定後の行動統一、対外的な異論発信の制限が強く規定されている。ここに、内部改革の難しさがある。
規約上、党大会や各級会議での提案や批判は可能である。したがって、政策運営や日常活動に関する「運用レベルの改善」には一定の余地がある。しかし一方で、指導部の意思決定や人事や統治構造、発信のあり方等に関わる問題になると、急激に難易度が上がる。
さらに、民主集中制や分派禁止そのものの見直し等は、組織の根幹に触れるため極めて困難だ。結論として、「局所的改善は可能だが、構造的改革は制度的制約が大きい」というのが現実だ。
犠牲を伴う改革――民主集中制の構造
民主集中制は「討論の自由と行動の統一」と説明される。しかし実際には、討論は決定前に限定され、決定後は統一行動が求められる。その結果、異論の継続的表明は困難という構造になっている。さらに分派禁止により、異なる意見が組織的に持続することも難しい。このように、異論は存在できても、影響力を持ち続けることができない構造になっている。
こうした構造のもとでは、通常ルートによる改善が機能しにくく、異議申し立てや対立、さらには除名・除籍・離党といった犠牲を伴う形で問題の表面化が起こる。専従職員の労働者性のように、個別の対立が論点を可視化し、幹部に一定の認識変更や対応を迫る事例もある。
このような内部改革への「犠牲を伴う行動」が、組織の矛盾を可視化し、一定の変化を引き出すこともある。つまり、内部改革への努力は無意味ではなく、ときに強い力を持つ。
悪循環の構造――なぜ議論が繰り返されるのか
しかし、除名・除籍・離党など、犠牲を伴うイレギュラーな行動による改革は、同時に、有能な人材の流出や残存党員の萎縮、指導部への潜在的不信の蓄積を引き起こす。その結果、個別の問題は解決しても、組織全体は弱体化するというデメリットが生まれかねない。
ここには次のような循環がある。「改革が必要⇒仕組みがない⇒犠牲を伴う改革に依存⇒組織が弱体化⇒自己修正能力がさらに低下⇒改革が必要⇒仕組みがない⇒…」この悪循環を断ち切るのは、日本共産党の自浄作用を高め、機能させる内部努力、内部変革が求められる。このことに尽きる。
日本共産党の現在地――組織の存否か機能か
党自身も、現在の課題として「党勢後退から前進への転換」を掲げている。つまり、現状維持では縮小が続くという認識だ。ここから先は次の3つの可能性がある。①改革に成功し再生する ②改革できず縮小し他に機能が移る ③改革の過程で消耗し先に弱体化する。特に問題なのは、3つ目のシナリオだ。
社会にとって重要なのは組織そのものではなく、組織が持つ「機能」だ。日本共産党は、反戦平和や格差是正の対抗軸であり、地方議員網による地域基盤を持ち、広く国民市民要求の受け皿という機能を担ってきた。単純な消滅は、これらの機能の喪失を伴う危険性がある。一方で、機能を果たせなくなれば、縮小や消滅、再編が起きるのもまた現実である。
改善か崩壊か、その分岐点にある組織
内部改革への努力には、限定的な実効性と犠牲を伴う突破による成果の双方を持つ。しかし、その様式が変わらない限り、組織の持続と回復を実現することは困難である。この分岐点において、日本共産党は、どのように形でその機能を社会の中で維持しうるのか、まさにその存在意義を問われている。
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