SNS、とくにX(旧Twitter)を見ていると、政治や政策について学術的・政策的に、そして、冷静に議論が深まっていくケースはあまり見られない。Xは、短文・即時反応・拡散を前提とした設計だ。前提整理や文脈を要する議論がどうしても不利になる。これは利用者の資質というより、構造の問題だ。
SNSは熟議や納得形成よりも、感情や動員に最適化されている。利益誘導のツールでもある。結果的に、冷静で慎重な議論ほど目立たなくなる傾向がある。「正しく使えば有効」という意見もある。しかし、正しく使おうとする行為自体が構造的に不利になる。これを乗り越えるのは容易ではない。
日本共産党が新党のSNSによる躍進を受け、高齢党員が慣れないSNS学習をするなど、SNS活用を強化している。現実に向き合おうとしている姿勢は評価できるが、支持拡大の要因を発信手段に還元する認識が見える。SNSは支持を「生む」のではなく、既存の不満や期待を可視化・増幅するに過ぎない。
SNSを強化すれば支持が広がると考えるのは少し短絡的だ。選挙後退への焦りから即効性を過度に期待しているように見える。日本共産党の課題は、発信力というよりも、政策や体質への信頼の問題ではないのか。SNS活用強化は、その根本課題の代替策となっていないか、少し立ち止まって考えたい。
一見遠回りに見えても、SNSから一定の距離を保ちつつ、理念や政策の再検討、党内外の自由で可視化された意見交換など、信頼と納得の形成を重視する姿勢が求められる。SNSは現実として無視できない一方で、そこに依拠しすぎると、改善や軌道修正の可能性を狭めてしまうことになりはしないか。
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