2025年12月25日付「しんぶん赤旗」に、日本共産党志位議長とマルチェロ・ムスト氏の対談記事が掲載された。(詳細は後日掲載予定)マルクス『資本論』の現代的意義をめぐる興味深い内容だ。そこで、次のことを考えてみる。それは、日本共産党がマルクスを「すでに完結した正解」として扱っていないかという点だ。
ムスト氏はじめ近年のマルクス研究は、その理論は未完で試行錯誤や矛盾を含むものとして再評価されている。理論は固定ではなく、開かれた思考過程という理解だ。この立場では「綱領は絶対的真理ではなく暫定的仮説」「異論は排除すべきものではなく、理論を前進させる契機」となるのが自然だ。
しかし、日本共産党は「マルクス主義を教条ではなく科学として発展させてきた」「政党には統一した綱領が不可欠だ」と反論するだろう。ここには矛盾が生じる。理論は「発展する科学」とされながら、その理論が誤っている可能性を、制度的に検証・修正する回路が、実質的に存在しないからだ。
「学問としてのマルクスは未完でも政治では結論が確定している」という立場は、根拠は未確定だが結論は確定している、という論理的矛盾がある。異論についても同様。討論は形式的に認められていても、決定後に異論を表明すれば厳しく批判されるなら、異論が理論を前進させる実効性はない。
こうした点で議論をさらに深めようとしても「すでに党としての見解は明らか」「論じるに値しない」と、議論が打ち切られる可能性が高い。マルクスを「完成された正解」として管理するのか、それとも「未完の理論」として開き続けるのか。この選択が、政党のあり方を規定していくのではないか。
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