「社会主義・共産主義には自由がない」というマイナスイメージをいかにしてプラスに転じるかを目的とする、志位和夫氏のいわゆる「青本・赤本・緑本」は、社会主義・共産主義の目的を「自由な時間の拡大」にあると強調する。しかしこれは、マルクスの原典からみれば、政治的メッセージとしては分かりやすい一方、制度論や資源配分の問題を大幅に省略していると言わざるを得ない。
「利潤が消えれば自由時間になる」という単純図式の問題
マルクスは『ゴータ綱領批判』で、社会の総生産物はそのまま個人に分配されるのではなく、まず次のような控除が必要になると述べた。
• 生産手段の維持・拡大
• 公共サービス(教育・医療など)
• 社会保障
• 予備費
つまり、資本主義における利潤部分がすべて個人の自由時間や消費に転化するという考え方は、原典には存在しない。
志位氏の著作では、利潤を「搾取された労働の成果」とし、その廃止によって大幅な時短が可能になると説明される。
しかし、公共的労働や社会的共通費用を誰がどの程度負担するのかという具体的問題はほとんど論じられていない。この点を無視すると、「利潤の消滅=自由時間の増大」という算術的図式だけが独り歩きすることになる。
マルクスが強調した「必然性の国」は消えない
マルクスは『資本論 第3部第48章(三位一体的定式)』で、どの社会でも物質的生産に必要な労働は不可避であり、これを「必然性の国」と呼んだ。「真の自由の国」はこの必然の外側に成立するとされる。
志位氏もこの概念を引用するが、資本主義の浪費を削減すれば必要労働は大きく縮小できると強調する。しかし現代社会では、次のような分野の比重がむしろ増大している。
• 高齢化に伴う医療・介護
• 教育や福祉など対人サービス
• インフラ維持
• 環境対策
これらは自動化による削減が難しく、社会の成熟とともに拡大する傾向がある。必要労働がどこまで縮小可能かについて、具体的な時間配分の提示は見られない。
ケア労働という最大の盲点
自由時間論が直面する最大の問題は、ケア労働の扱いである。労働時間を短縮しても、家庭内での育児・介護・家事が自動的に減るわけではない。制度的な再配分がなければ、その負担は特定の人々に集中し続ける。
志位氏の著作では「自由な時間」の増大が強調される一方で、
• ケア労働の社会化
• 性別間の分担の再設計
• 対人労働の人員確保
といった具体策は主要論点として扱われていない。結果として、「誰の自由時間が増えるのか」という分配問題が未解決のまま残る。
生産力依存の自由時間論は持続可能か
マルクスは生産力の発展が労働時間短縮を可能にすると考えた。(『経済学批判要綱』『資本論 第3部 第48章』)志位氏の議論も基本的にこの前提に立つ。しかし現代では、無制限の生産拡大は環境制約と衝突する。脱炭素化や資源制約への対応には、むしろ追加の労働やコストが必要になる場合も多い。
近年のマルクス研究では、次のような議論が重要視されている。
• 脱成長
• 持続可能な生産規模
• コモンズの管理
• 公正な配分
志位氏の自由時間論は、こうした制約下での現実的な時間配分モデルを提示しているとは言い難い。
魅力的だが「統治の問題」を回避した未来像
志位氏の著作は、社会主義を「自由の拡大」として再提示した点で政治的メッセージ力を持つ。「自由がない」とする統制国家のイメージを払拭する効果もある。しかし、将来社会を現実の制度として考える場合、次の問題は不可避だ。
• 残る必要労働を誰が担うのか
• 公共部門の規模はどこまで必要か
• 資源配分をどう決定するのか
• 利害対立をどう調整するのか
これらは「利潤の否定」だけでは解決しない。志位氏の自由時間論は、未来社会の入口を明るく描く一方で、その内部で発生する困難な政治的・制度的課題には踏み込みが浅いと言える。
結論:自由時間論だけでは社会像は成立しない
自由時間の拡大は、多くの人にとって望ましい目標である。しかし、それを実現するためには、「残る必要労働をどのように公平に分担するか」という問題を避けて通ることはできない。
志位和夫氏の三部作は、社会主義の理念を分かりやすく提示する入門としては有効である。一方で、マルクスの理論を厳密に継承した制度論とみなすには、重要な前提や困難が省略され過ぎている。
未来社会を語る議論は、希望の提示だけでなく、不可避の負担や葛藤をどう処理するかまで含めて初めて説得力を持つ。自由時間の増大という理念が現実の社会設計に接続されるためには、より具体的で厳密な検討が必要である。
労働時間短縮を実現している資本主義国もある。体制の問題だけではない。
関連記事
・日本共産党「資本論学習運動」の再検討――マルクス研究と綱領、現実政治的重点のズレ
・今必要なのは資本論のムーブメントなのか
・『資本論』と党綱領の相違点
・マルクスは21世紀に何を語るか――MEGAが解き明かす「晩期マルクス」の真実(マルチェロ・ムスト)

