――第8回中央委員会総会(2026年3月14日)志位議長の中間発言をめぐって
本稿は、中間発言にある「主体的条件の担い手」としての政党の位置づけに焦点を当てて考える。
発言の原文(抜粋)
マルクスが『資本論』で明らかにしているように、資本主義を没落させて新しい社会をつくるためには、「客観的条件」が熟するだけでは足りません。
社会を変革する「主体的条件の成熟」が必要です。どんなに資本主義の矛盾が激しくなっても、資本主義は自然には没落しない。資本主義の「弔いの鐘」は鳴らす人がいないと鳴らないのです。
そして、私たち日本共産党こそが、「弔いの鐘」を鳴らす労働者階級の成長・発展の促進に責任をもっている党であります。
主体的条件論の理論的位置づけ
志位議長の発言は、資本主義が自動的に崩壊するのではなく、社会変革には主体の形成が不可欠であるという点において、マルクス主義の一般的理解と整合している。客観的条件だけでは社会は変わらず、主体的力量の成熟が必要であるという認識自体は、古典的なマルクス主義の枠内にある。
主体は党なのか、労働者階級なのか
しかし問題は、変革の主体を事実上、日本共産党そのものに収斂させている点にある。マルクスが『共産党宣言』で語った「弔いの鐘」は、資本主義が自ら生み出したプロレタリアートを指すのであって、特定の政党ではない。歴史の主体はあくまで労働者階級とその運動であり、単一の組織がその役割を独占するものではないとされてきた。
「日本共産党こそが」という表現の意味
「日本共産党こそが」という表現は、他の政治勢力や社会運動の可能性を排し、自党のみが歴史的使命を担うかのような印象を与える。これは、労働者階級の自己解放を重視したマルクスの立場というより、前衛党が歴史を導くとする後代の党中心的理解に近い。また、国民の支持や合意によってではなく、党の自己認識によって歴史的責任を規定している点でも、民主主義社会における政党の位置づけとしては強い自己規定といえる。
主体形成と政党の役割
本来、主体的条件の成熟とは、広範な市民と労働者の自覚、組織化、社会的力量の形成を意味するはずであり、特定の政党の存在のみで代替されるものではない。政党が果たす役割は重要であるとしても、それは主体そのものではなく、その形成を支援する一要素にとどまる。
結論――理論的整合性と政治的表現
したがって、この発言は理論的にはマルクス主義の枠内にありながら、政治的表現としては自党の歴史的使命を強く強調し、主体を党に収斂させてしまっている点は議論を呼びうるものである。主体的条件の成熟という概念を、広範な社会運動と市民の力量形成として捉えるのか、それとも特定の政党の役割として理解するのかは、今後の重要な論点となるだろう。
出典
日本共産党第8回中央委員会総会
志位和夫議長 中間発言(2026年3月14日)
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