志位発言の安全保障政策の理論と矛盾の考察

【志位和夫vs辻田真佐憲】文藝春秋PLUS公式チャンネルから

自衛隊の段階的解消と日米安保条約の廃棄

日本共産党は、自衛隊の「段階的解消」を安全保障政策の基本方針として掲げている。すなわち、第一段階では日米安保条約廃棄前に軍拡に終止符を打ち軍縮へ転換し、第二段階では日米安保条約廃棄後に自衛隊の民主的改革と大幅な軍縮を進め、第三段階では憲法9条の完全実施のもとで自衛隊解消へと進むという三段階構想である。

一方で志位氏は自著「新・綱領教室」において「日米安保条約については段階的解消論をとらない」と明記している。すなわち、対米従属を打破する取り組みを進めつつ、国民多数の合意が形成されれば一挙に廃棄する可能性も否定しない「非連続的転換」の立場だ。

また、同書では、現段階においては、自衛隊と安保体制は維持され、「必要にせまられた場合には自衛隊を活用する」としている。さらに、自衛隊廃止後の安全保障については、「不安がある限り国民多数が廃止を選択しないため、その間は自衛隊を含めて対応する」と説明する。(同書)

しかし、この説明は一見すると現実的配慮を伴う柔軟な政策に見える一方で、いくつかの理論的矛盾を持つ。とりわけ、個別的自衛権の承認と戦力否定の関係、「国民の合意」という概念の役割とその不透明性などは、政策の一貫性と実効性に関わる重要な論点である。

本稿では、対談全体から安全保障に関わる6つの場面を切り取り、発言を手がかりとして、日本共産党の安全保障政策の構造的矛盾について検討する。

なお、最後に対談動画を紹介しているので是非ご覧いただきたい。(該当箇所を頭出ししているので、お聞きになりながら読んでいただければいいかと思います)


対談① 対談開始 9:00~

志位:憲法9条は戦力を保持しないとする。自衛隊は明らかに戦力。あれはもう戦力と言わないというのは成り立たない。この矛盾の解決方法は2通りしかない。自衛隊の現実に合わせて9条を変えるか、9条に合わせて自衛隊の現実を変える。日本共産党は後者の立場。一挙に変えられない。今すぐなくせない。国民の合意をもって一歩一歩変えていく。

辻田:しかし立憲主義という建前のもとだと今の状態っていうのは自衛隊がすごく宙ぶらりんな状態になってるということになりませんか。つまり自衛隊をある種こう組織として、あるいは軍隊として認めた上でどのようにシビリアンコントロールするのかっていうのが本来立憲主義の立場だと思うんですけれども、共産党はそういう立場を取らないということですか。

志位:そういう憲法との矛盾っていうのは、引き起こしたのは自民党ですから、自民党の側に責任がある。ただ矛盾がある元で、それをどう解決するかということは一歩一歩やっていく。

「自衛隊は違憲状態」 vs 「当面は維持」

志位氏は憲法9条との関係で自衛隊は「矛盾した存在」であることを認める。しかし「すぐにはなくせない」として存続を容認する。ここでは、憲法違反状態を認識しながら、それを是正せずに維持するという立場になる。

さらに、責任を「自民党が作った矛盾」に帰しているが、違憲状態を継続する判断自体は現在の主体的選択であり、責任の所在と対応方針が切り離されている点に論理の弱さがある


対談② 対談開始 11:08~

志位:今大事なことはね、日本をどうやって守るかって言った場合ね、本当に外交の知恵を尽くす必要がある。私たち特に提唱してるのはね、ASEANなんですよ。(略)そういう外交による平和創出を追求すべきだと思います。

辻田:理想としてはわかるんですが、現実的に可能かと言う問題が一方にあるんですよね。かつて共産党は今の日本国憲法ができる時にむしろ憲法9条に反対する立場でいらっしゃいましたよね。

政権議会の議論で民族の自立のためにはむしろ防衛力は必要なんだという意見を持っていたと思います。それがなんで今のように××が変わったんでしょう。

志位:憲法制定議会で私たちが9条に反対したのは、当時の政府がですね、9条の元では個別的自衛権もないという答弁をしたからなんです。個別的自衛権ってのはね、もう自然権的に与えられていると。全ての国民に。

それが私たちの考えで、個別的自衛権もなくなってしまったらね、侵略を受けた時にね、もう降参するのかということになるわけで、それはね、私たちおかしいと。それで反対をしたんです。

その後ですね、政府の側が答弁を変えて、9条の元でも個別的自衛権はあるという風に答弁を変えるもとで、9条については9条を守っていくという立場を明確にしました。

歴史的立場の説明の不整合

志位氏は、過去に9条に反対した理由を「個別的自衛権否定だったから」と説明し、その後「個別的自衛権が認められたので支持に転換」と説明している。

しかし現在の主張では、「個別的自衛権は認める。しかし戦力は持たない」としているため、当初の問題意識(自衛権を実効的に行使できるか)から見ると、問題は解決されていないまま立場だけが変化していることになる。


対談③ 対談開始 13:14~

辻田:今のお話聞いてるとですね、個別自衛的自衛は認めるということであれば、そのための戦力としての自衛隊があるっていうのはむしろ当然の流れのように見えるんですけれども。

志位:個別的自衛権を具体的に実施、担保することがですね、日本は戦力を持たないでそれをやっていこうという道を選択したわけですよ。

ですから、自衛権っていうのはね、戦力だけじゃなくて、外交力もあれば、そしてあるいは経済関係もあれば、国際的な人的な往来もあれば、様々な諸々の力によって、日本を守っていくと、戦力によらないで守っていく道を選択したのは日本国憲法なんですよ。

ですから、個別的自衛権イコール戦力ではないと思っています

「個別的自衛権は認める」 vs 「戦力は持たない」

志位氏は、個別的自衛権は「自然権的に存在する」と明確に肯定する。しかし同時に「戦力によらず守る道を選んだ」と説明している。問題は、自衛権の実効性である。

一般に国家の自衛権は、最終的には実力行使(軍事力)による担保を含む概念である。「自衛権を認める。しかしその物理的担保(戦力)を否定する」という組み合わせは、権利と手段の分離を引き起こしている。これは理論的には「権利はあるが実行手段は否定する」という構造的矛盾になる。


対談④ 対談開始 14:05~

辻田:もし共産党がこう与党になったとしてですね、野党のある種結集が実現して、その場合自衛隊というのはどのような扱いになるんですか。

志位:あのですから何度も言ってますように、すぐにはあの解消するってわけにかない。ですから、今すぐやるべきは、安保法制のような専守防衛の枠を踏み外してね、個別的自衛権じゃないんですよ、これは。集団的自衛権ですから。集団的自衛権っていうのは日本がどっからも武力攻撃されてなくても、日本が武力の行使をするってのが集団的自衛権ですから。この集団的自衛権を認めるような法制はまずなくす。あるいはそれに基づく軍拡もやめるというところから出発するってことになるでしょうね。

辻田:最終的にじゃあ自衛隊は理想としては解散するという方向だと思うんですけれども、それはどういうタイミングなんですか。それは誰が。

志位:これはねやっぱり私たちが参画する政権ができたとしてですね。日本を取り巻く情勢が本当に平和的に成熟して、そして日本が周辺諸国、全ての国と友好的な関係を結んで、世界の多くの国とですね、友好的な関係結んで、国民の大多数がですね、もう自衛隊なしでも安心だねという合意が熟したところで、その措置を取るというのが私たちのプログラムなんです。

辻田:それは現実的に可能なんですか?

志位:私たちは可能だと思ってる

辻田:それ具体的にどれぐらいのスパンで可能だと思われるんですか?

志位:時間かかるでしょうね。やっぱりそういうそれだけの情勢を変えてくっていう努力が前提になりますから。

「現実的に困難と認識」 vs 「可能と断言」

対談相手が安全保障環境(中国・ロシア)を踏まえて現実性に疑問を呈した際、志位氏は「時間はかかる」と困難性を認めつつ、「可能だと思っている」と根拠なく断言している

しかし、実現条件(外交でどの程度安全保障が代替可能か)、時間軸、具体的な政策手段が提示されていないため、認識(困難)と結論(可能)の間に論証が欠落している。


対談⑤ 対談開始 15:43~

辻田:しかしお話聞いてるとかなりやはり日本の周辺状況を見ますとね、先ほど申し上げたロシアや中国の状況を見ますと、日本周辺の安全保障環境が今と劇的に変わって日本が安全だって状態っていうのは当分来ないように思われますし、いささかこの絵に描いた餅のようなところがあると、それを不安に思う国民がかなりいるんじゃないかと思うんですけれども。

志位:うんそれはね外交の力でいかに平和を作っていくかという努力をどれだけやるかってことになると思うんですよ。例えば中国との問題言われましたね。(略)互いに脅威とならない、こういうとっかかりを使って前に動かす。こういうこと日本政府がどれだけ真剣にやってるのかってこと私はね言いたいですよ。そういうことやらないでおいてね、脅威だ脅威だと煽って軍拡やるってのは一番悪い。

「外交で安全保障を代替」 vs 「現状の脅威認識」

志位氏は「軍事ではなく外交で平和を構築すべき」と主張し、軍拡を「脅威を煽るもの」と批判する一方で、対談相手が示す現実の安全保障環境(中国・ロシア)については、明確な抑止手段の代替案、外交が失敗した場合の対応を提示していない

結果として、脅威の存在は議論上前提にしながら、それに対抗する具体的手段は否定しており、リスク評価と対処手段が対応していない。

対談⑥ 対談開始 19:25~

辻田:そうしますと日米安保条約、今結ばれてますけれども、これに関しては当面やはり自民党政権が結んだものだから仮に共産党政権ができたとしても存続させるのか、やはり自分たちが政権を取ったら直ちに撤廃するのか、この辺についてはいかがですか?

志位:これはね、私たちの日米安保条約についてはこれを解消してね、本当に対等平等の日米関係を作る。そして安保条約に変わってですね、日米友好条約を結ぼうというのは綱領に書いてあります。これはもう大方向です。ただこれはね、一足飛びにできるかと言うと、これは一定のプロセスが必要かもしれない

例えば日米安保条約まで行かなくても、日米地位協定の改定って問題あるじゃないですか。これはその前の段階でも必要になってくるでしょう。等々の日米関係をより対等の関係にしていく。いろんな緊急の措置を取りながら日米安保条約の廃棄に進んでいくってこともありうると思います。

ですから私たちは、どんな改革やるんでも、一足飛びってことじゃなくて、一歩一歩、階段登るように、国民の合意でことを進めていこうと、安保の問題もそうだし、自衛隊もそうなんです。

ただね、安保条約については、必ずしも段階的に解消するっていう立場ではない。安保条約については、そういう中間的な地位協定の改定ってことが最初に問題になるってことあるかもしれないけども、やっぱり国民の機運が熟して、安保条約なくそうというとこに進む可能性もある。

とても印象深いのは1995年に沖縄で少女暴行事件が起こりましたよね。あの時にも島ぐるみの怒りが沸騰したんだけども、本土も含めて安保条約なくした方がいいと、多数になったんですよ。いうことも起こり得ますから。そういう一足飛びに行くこともあるかもしれないけど、ただ、いくつかの段階踏んで対等平等の日米関係にしていくっていうこともあるでしょう。

「国民の合意」という概念の機能

安保条約廃棄は段階的なのか、そうではないのか、一体どちらを述べているのか。こだわるわりにはどちらもあり得るという曖昧な言説だ。さらに、志位氏は自衛隊の解消や安保条約の廃棄について、「国民の合意」を前提条件として繰り返し提示するが、この「合意」の具体的内容はさらに曖昧だ

• 選挙による多数獲得を指すのか
• 世論調査レベルの支持なのか
• 憲法改正に準じる国民投票なのか

といった基準は示されていない。この曖昧さにより、「国民の合意」は実質的に、 実行の正当化、 あるいは先送りの根拠のいずれにも用い得る可変的概念となり、結果として、この概念は政策判断の基準ではなく、政治的柔軟性を確保するための都合のいい言葉として機能している。厳しく言えば、国民への責任転嫁ともとれる理屈である

また、冒頭ふれた、自衛隊廃止後の安全保障について「自衛隊を廃止した後で、日本が攻められたらどうするのか」への回答「不安がある限り国民多数が廃止を選択しないため、その間は自衛隊を含めて対応する」というのは、志位氏著作の中で「(この回答によって)基本的にどんな論争にも耐えられます」と自画自賛している。

しかし、これが全く論理にかなっていない回答だというのは誰が聞いてもわかる話ではないだろうか。この回答に対して「国民の不安が解消したとして自衛隊廃止をした後に、急迫不正の主権侵害があった場合にはどうするのか」とさらに問いたい

結論

本対談における志位氏の議論は、以下の構造的特徴を持つ。

・規範認識と現実対応の乖離(違憲認識と現状維持)
・概念の歴史的変容(自衛権理解)
・権利と手段の分離(自衛権と戦力)
・困難認識と可能性断言の乖離
・脅威認識と対処手段の不整合(外交万能論)
・判断基準の曖昧化(国民の合意)

これらは個別の矛盾というよりも、理念的平和主義を現実の安全保障政策として構成する際に生じる構造的制約を示している。すなわち問題の核心は、理念の正当性そのものではなく、それを現実の制度設計へと接続する論理の不十分さにある

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