マルチェロ・ムストが執筆した「序言」には、2008年発生の恐慌以降に起こったマルクスブームにおけるマルクス研究の特徴が紹介されている。本稿では、この「序言」との比較から、日本共産党の理念や政治目標について検討する。
21世紀に「更新」されるマルクス
1998年に再開されたMEGA2※と呼ばれる全集の刊行が進み、これまでとはかなり異なるマルクス像が示されている。ムスト氏は、マルクスが21世紀に入って最も再解釈が進んだ思想家の一人であるとし、その刷新は今後も続くと指摘する。
とりわけ重要なのは、マルクスが単線的な歴史発展観やヨーロッパ中心主義に無自覚な思想家ではなく、むしろ歴史的・地理的差異に敏感であった点である。この再評価により、従来の教条的・経済決定論的マルクス像は大きく揺らいでいる。
また、社会主義の到来を歴史的必然とする理解や、「プロレタリアート独裁」と共産主義を直接結びつける理解も再検討され、「自由な人間たちのアソシエーション」としての社会像が改めて重視されている。
なお、ムストの読解は近年のマルクス研究の中でも重要な潮流の一つであり、エコロジー研究やポストコロニアル研究などとも接続しながら展開されている。
マルクス像の非教条化と「段階論」の距離
第一に、マルクス像の非教条化である。ムスト氏が強調するのは、歴史的・地理的条件に応じた分析と、単線的発展史観の否定である。
これに対し、日本共産党は綱領において「資本主義の発展の到達点として社会主義・共産主義に進む」という歴史観を維持している。これは、歴史の進路が一定の方向に収斂するという前提を含むものである。
したがって、ムストの立場がより開かれた歴史認識に立つのに対し、日本共産党の段階論はなお方向づけられた歴史理解を保持していると言える。
ヨーロッパ中心主義批判と「ローカライズ」の深さ
第二に、ヨーロッパ中心主義批判と多様性の重視である。ムストは、マルクス自身が後期において非西欧社会への適用に慎重であったことを強調する。
日本共産党も「日本の条件に即した民主主義革命」を掲げており、一定のローカライズは行っている。しかし、理論枠組み自体は比較的普遍的モデルとして提示される傾向がある。
この点で、ムストの読解は「単一の発展モデル」そのものを問い直す点で、より徹底した多元的視点に立っている。
「不可避性の否定」と政治的主体性
第三に、社会主義の「不可避性」の否定である。ムスト氏は、社会変革を歴史法則の帰結ではなく、開かれた選択と闘争の結果として捉える。
日本共産党も近年は「歴史の必然」という表現を強調してはいないが、資本主義の矛盾の深化が変革を準備するという枠組み自体は維持している。
このため、ムストの立場では政治的主体性や偶然性の比重がより大きく、日本共産党の理論は相対的に構造的要因を重視する傾向がある。
「アソシエーション」と国家権力の重心
第四に、「プロレタリアート独裁」から「アソシエーション」への再定位である。
日本共産党も「自由と民主主義の徹底」を掲げており、この点では一定の接点がある。ただし、同党は国会多数の獲得を通じた国家権力による段階的改革を重視している。
これに対し、ムストの提示する社会像は、より自発的な社会的結合(アソシエーション)を基軸とする点で、国家中心的戦略とは重心を異にしている。
「未完のマルクス」と綱領の確定性
第五に、MEGA2が示す「未完のマルクス」像である。ムスト氏は、マルクスを固定化された体系ではなく、生成過程にある思考として捉える。
一方、日本共産党は政党として綱領の確定性を必要とする。このため、研究の開放性と政治綱領の安定性の間には構造的な差異が存在する。
経済決定論批判と理論の更新課題
第六に、経済決定論の否定である。ムスト氏は、マルクスを単純な経済決定論者として理解することを明確に退ける。
日本共産党も機械的な決定論を採用しているわけではないが、生産力の発展を社会変革の重要な基礎とする枠組みを維持している。この点については、近年のエコロジー論や「質的な豊かさ」を重視する議論をどのように理論化するかが課題として残る。
「物質代謝」とエコロジー的視点
第七に、自然と社会の関係である。近年の研究では、マルクスの「人間と自然との物質代謝」の概念が再評価されている。
日本共産党の綱領にも環境問題への言及は存在するが、こうした理論的枠組みとしての深化は限定的である。この点は、今後の理論的展開の余地として位置づけられる。
理論の開放性と政治的実践のゆくえ
総合すると、ムスト氏が「序言」で提示するマルクス像は、非決定論・非教条性・多元性・生成過程の重視に特徴がある。
日本共産党の理念はこれに部分的に接近しつつも、段階論・国家中心の政治戦略・一定の歴史方向性を保持している。
このため、両者は完全な対立ではないが、理論の開放性と政治的実践の確定性という次元では大きく異なっていると言える。
「序言」の訳
なお、本稿を訳しているのは、マルクス経済学を専門とし、国際プロジェクト「MEGA」の編集委員で、ベストセラーとなった『人新生の「資本論」』の著者である斎藤幸平氏だ。
※MEGA2(新メガ)
カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの著作、遺稿、草稿、書簡のすべてを、原典に忠実に収集・校訂し、出版する世界的・歴史的なプロジェクト。
正式名称は「Marx-Engels-Gesamtausgabe」(マルクス・エンゲルス「歴史的=批判的」全集)以前の全集(MEGA1)が一部の編集者の解釈に基づいて内容を整理・削除していたのに対し、MEGA2は最新の文献学的技術を用いて、思想が生成されるプロセスを解明することに特化している。(AIによる解説)
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