執筆者:チョン・ソンジン(Seongjin Jeong)韓国のマルクス経済学者。ソウル大学で経済学博士号を取得し、慶尚国立大学で長く経済学を教え、現在は同大学の特任研究教授。マルクス経済学、現代資本主義、世界経済、社会主義・ポスト資本主義論などを研究している。とくに、マルクスの世界市場論と恐慌論を現代のグローバル資本主義の分析に結びつける研究を進めてきた。著書に『Marx and the World Economy』『Marxian Economics for the 21st Century』などがある。
資本主義の世界市場化をどうとらえるか
本論の主張を一言で言うなら、
マルクスは、今日のグローバル化に通じる資本主義の世界市場化を150年以上前から捉え、それを単純な『進歩』や『悪』としてではなく、発展と破壊、統合と格差を同時に生み出す矛盾した過程として分析していた。その視点を現代のグローバル資本主義の分析に復活させるべきだ。
ということである。
本論が示す3つの主張
筆者の主張は、主に以下の3点に集約できる。
1. マルクスは終始「世界」というスケールを重視していた
「マルクスは晩年、国家を中心とする一国モデルに転じた」という見方を、筆者は否定する。若い頃から晩年に至るまで、マルクスは「世界市場」を重視し、資本主義を各国の経済を単に足し合わせたものではなく、世界的に結びついた一つのシステムとして捉えていた、と論じる。
ただし、その世界市場に対するマルクスの評価まで終始同じだったわけではない。初期には、資本主義が古い社会を破壊することに一定の「進歩的」役割を認めていたが、後にはアイルランドなどの経験を通じて、破壊が必ずしも発展につながるわけではなく、従属や後退をもたらす場合もあると認識を修正していった。
2. 世界市場は「進歩」でも「調和」でもなく、「矛盾」を抱えている
世界がつながることで、技術や交通、生産力が発展し、閉鎖的な社会関係が壊される。これは世界市場の進歩的な側面だ。
しかし同時に、強い国や地域が弱い国や地域を従属させ、格差や搾取を拡大する側面もある。マルクスは世界市場を、すべての国が同じように豊かになる平坦な空間とは見ていなかった。むしろ、異なる発展段階や生産形態をもつ地域が、不均等な関係のまま一つの世界市場に組み込まれていくと捉えていた。
その具体的な論点として、本章では次の二つが重視されている。
- 搾取のグローバル化
国際貿易は双方が利益を得るように見えても、生産性などの違いを通じて、富裕国と貧困国の間に「労働の不等価交換」が生じうると筆者は説明する。世界市場のなかでは、国と国の間にも利益や剰余価値の偏りが生じるという考えである。 - 国家の役割
グローバル化によって国家が消えていくのではない。国家は、法律、外交、戦争、植民地支配、国際分業などを通じて、世界市場の形成と維持に大きな役割を果たす。つまり「市場か国家か」ではなく、資本と国家の相互作用によって世界市場が成り立っているという理解である。
このように、発展と破壊、統合と格差が同時に進むという捉え方が、本章でいう世界市場の「弁証法」である。
3. 今こそ、この世界市場論を復活させるべきだ
筆者がこの章で最も強く訴えているのは、この点である。
筆者によれば、マルクス以後の多くのマルクス主義理論は、一方では国家を中心に世界経済を説明する国家主義的な理論へ、他方では国境や国家の意味が薄れていくと考えるトランスナショナル(国境を越えた)な理論へと分かれていった。
その結果、マルクス自身が持っていた、世界市場と国家、不均等発展、国際的搾取、世界規模の恐慌を一体として捉える視点が失われ、1990年代以降に進んだ現実のグローバル化を十分に説明できなくなった、と筆者は批判する。
世界市場は資本主義に新しい市場や安価な原料・労働力を与え、危機を一時的に回避する手段になる。しかし、それによって資本主義の矛盾そのものがなくなるわけではない。むしろ矛盾は世界規模に拡大され、より大きな危機として現れる可能性があると本章は論じている。
つまり本章は、単なる経済学史の解説ではない。
「現代の左派がグローバル資本主義に有効な対案を出せないのは、マルクス自身の世界市場論を十分に継承してこなかったからではないか」という問題提起である。
筆者はその立場から、「世界市場―世界市場の危機―世界革命」というマルクスの思想的連関を復活させる必要があると主張している。
ただし、ここでは区別が必要だ。
「世界市場を資本主義の基本的な分析単位とすること」「その世界市場が不均等発展や国際的格差、世界的危機を生み出すこと」は、本章がマルクスの著作から読み取っている経済分析だ。
一方で、そこから「世界革命」が必要になるという結論は、マルクスの政治的展望を踏まえた筆者の解釈である。
したがって本章を読む際には、世界市場についての分析がどこまで有効なのかという問題と、そこから社会主義や世界革命という政治的結論がどこまで導かれるのかという問題を、いったん分けて考えることが重要だ。
世界革命論と段階論――日本共産党綱領を考える
本章を日本共産党の理論との関係で読むと、最も興味深いのは、社会変革の道筋である。
筆者は、マルクスの世界市場論を「世界市場―世界市場の危機―世界革命」という一連の思想として捉える。資本主義が世界市場として一体化し、その矛盾が世界規模で展開する以上、それを乗り越える変革も世界史的なものになる、という理解である。
これに対し、日本共産党綱領は、日本ではまず「資本主義の枠内で可能な民主的改革」として民主主義革命を行い、その後に社会主義的変革へ進むという段階論をとる。
ここには一つの問いが生じる。
資本・金融・生産が世界規模で結びつき、資本主義を一つの世界市場として捉えるのであれば、その乗り越えを各国ごとの段階的変革として構想することを、どう理論的に結びつけるのか。
もちろん、本章の「世界革命」は、世界中で同時に革命を起こすという単純な意味ではない。マルクス自身、国家や一国での政治闘争を重視していたと筆者も認めている。
しかし筆者は同時に、マルクス以後の「段階主義的ないし国家主義的理論」が、マルクス本来の世界市場論を見失ったと批判している。
この批判が日本共産党の段階論に直接向けられているわけではない。それでも、本章の視点から、民主主義革命から社会主義的変革へという二段階の構図が、現在のグローバル資本主義のもとでも十分な説明力を持つのかを問い直すことはできる。
その意味で、『マルクス・リバイバル』は、日本共産党の現在の理論を補強する材料であるだけではない。むしろ、マルクス研究の新しい成果から、現在の綱領理論そのものを再検討する材料にもなりうる。
マルクス研究を、現在ある理論を権威づけるために使うのではなく、新しい研究や歴史的経験を踏まえて、その理論自体を問い直すことが重要ではないだろうか。


