1.問題提起――なぜ選挙を重ねても「自力」が増えないのか
日本共産党は、選挙で後退するたびに「自力不足」を要因に挙げてきた。2026年総選挙についても、8中総は「逆風を押し返して前進・躍進をかちとることができなかった最大の要因は、党の自力の不足」と総括している。
一時的な逆風は、一回の選挙の後退を説明する要因にはなり得る。しかし、それだけでは長期的な党勢低下を説明できない。逆風も追い風もあるさまざまな選挙を長年経験してきたのに、なぜその活動が持続的な党勢形成につながらなかったのか。ここが問われるべき点である。
選挙は、党が最大規模で有権者と接触する政治活動である。宣伝し、対話し、支持を訴え、赤旗購読や入党も働きかける。それを何度も繰り返しながら、なぜ自力は増えず、選挙後には党勢が減るのか。
この問いは、「働きかけの量が足りなかった」だけでは答えられない。これほど多くの人に働きかけながら、なぜそれが継続的な支持、参加、購読、入党に結びつかないのか。
「自力不足」を原因として議論を終えるのではなく、なぜ自力不足が繰り返し再生産されるのかを問う必要がある。
2.「自力不足」は原因であると同時に結果ではないか
党中央は現在も、入党の働きかけ数、入党者数、赤旗読者数を重視している。9中総は、8月の入党働きかけ4799人、新規入党419人、紙の日刊紙534人減、日曜版2354人減という数字を示し、目標達成には入党働きかけを10万人規模に広げる必要があるとした。後退に対して、働きかけの規模をさらに大きくするという方向である。
しかし、自力不足は選挙結果を説明する「原因」であるだけではない。党の理念、政策、方針、組織のあり方に対する社会的評価の「結果」でもある。
そもそも何への賛同を求めるのか
政党への支持や参加の前提には、その党が何を訴えているのかという問題がある。
現在の生活をどう改善するのか。賃金、社会保障、雇用、外交・安全保障、エネルギー、人口減少など、現実の政治課題にどのような政策を示すのか。そして、その政策を支える社会観、国家観、経済観を有権者がどう評価するのか。これは組織方法より前にある問題である。
どれほど「つながり」を増やし、対話を広げ、選挙運動を改善しても、そこで提示される理念や政策そのものに十分な支持が得られなければ、持続的な支持や参加には結びつかない。
したがって問うべきなのは、何人に訴えたかだけではない。何を訴え、それがどう受け止められたのかである。
社会主義・共産主義を現在どう提示するのか
この問題は、とりわけ日本共産党が掲げる社会主義・共産主義の扱いに表れる。
現行綱領は、現在の日本社会に必要な変革を社会主義革命とはせず、「資本主義の枠内で可能な民主的改革」と位置づけている。その先に、国民多数の合意を前提として、社会主義・共産主義への長期的な前進を展望している。この区別は重要である。
一方、近年の党の発信では、資本主義の矛盾と社会主義・共産主義の未来像、マルクスや『資本論』、未来社会における「自由」や「自由時間」なども積極的に語られている。その是非とは別に、組織形成という観点から検証すべき問題がある。
現在、党が国民に賛同を求めているのは何なのか。
党が国民に賛同を求めているのは、現在の具体的政策なのか。資本主義についての基本認識なのか。将来の社会主義・共産主義への展望まで含むのか。
現在の政策には賛成するが、共産主義には疑問を持つ人もいるだろう。資本主義への批判には共感しても、党の未来社会論には同意しない人もいるだろう。
そうした人を、党との関係のなかでどう位置づけるのか。支持者になるには何への一致が必要なのか。党員になるには何への一致が必要なのか。これは党勢形成と直接関係する問題である。
理念を弱めるか、強めるかという問題ではない
ここで問いたいのは、支持を増やすために社会主義・共産主義を隠すべきだということではない。逆に、社会主義・共産主義をもっと強く訴えれば党勢が伸びる、とあらかじめ結論づけることでもない。
必要なのは、実際に社会からどう評価されているのかを検証することである。共産党という党名や社会主義・共産主義の理念は、支持を広げる力になっているのか、障壁になっているのか。そのなかでも、何が共感され、何に疑問や拒否感が持たれているのか。
「誤解されているから理解してもらう」という説明だけでは十分ではない。説明しても支持されないのであれば、説明方法だけでなく、理念や政策そのものも検証対象にしなければならない。
「知らせれば支持される」という前提も同様である。十分に知ったうえで支持しない人もいる。政策の一部には賛成しても、党全体には賛同しない人もいる。現在の政策には共感しても、未来社会論には同意しない人もいる。政策ではなく、党の組織運営や異論への対応を理由に距離を置く人もいる。これらをすべて「理解不足」と見ることはできない。
理解したうえでの評価ということもある
そう考えると、「自力不足 → 理念・政策が届かない」という一方向だけでなく、「理念・政策・党のあり方への評価が広がらない → 自力が形成されない」という逆方向の因果関係も見えてくる。
したがって、自力を考える出発点は、次の循環全体でなければならない。
理念・政策・未来社会像 → 社会への訴え → 有権者の評価 → 共感・支持・参加 → 自力の形成または低下 → 選挙結果
3.「自力」とは何か――「つながり」に依存した組織形成
「つながり」から生まれるもの
日本共産党の「自力をつける活動」では「つながり」が重視される。職場、労組、地域、友人、知人、親族など、党員の人間関係をたどって、支持、赤旗購読、入党を働きかける。現在も党中央は「いまあるつながり」への入党働きかけを強調し、「つながり名簿」の充実・活用を党員拡大の重要な方法としている。
人間的信頼を政治活動の入口にすること自体は、否定されるべきではない。しかし、その「つながり」が何によって成り立っているのかは、区別して考える必要がある。
実際の選挙活動では、「選挙だから頼まれて一票入れる」「付き合いがあるから選挙の間だけ赤旗を取る」という関係も存在する。とくに職場支部や労組関係では、長年の人間関係、義理、人情、職場上の関係、場合によっては断りにくさを含む利害関係も作用し、支持、購読、さらには入党に至る場合がある。
しかし、党員個人への信頼と、党そのものへの主体的支持は同じではない。「あなたに頼まれたから投票する」「付き合いだから今月だけ赤旗を取る」という関係と、「この政策に賛成だから支持する」「この党の活動に自分も参加したい」という関係には違いがある。
選挙時の得票数や読者拡大数には、同じように表れる。違いは選挙後に表面化する。義理や付き合いを基礎とした購読なら、約束した期間が終われば購読も終わる。支持依頼に応じただけなら、次の政治活動への参加には必ずしもつながらない。
「つながり」を支えてきた社会的条件の変化
職場と労働運動は、長く党勢形成の重要な基盤だった。同じ職場で長期間働き、労働組合に加入し、賃金、労働条件、雇用など共通の要求をめぐって活動する。そこで形成された人間関係と信頼を基礎に、赤旗購読、選挙での支持、入党へと働きかける。
職場支部は、この社会構造と非常に相性のよい組織形態であり、職場共同体と労働運動が現在より強固だった時代には、支持と組織を形成する重要な経路として機能した。
しかし、その社会的前提は大きく変化している。労働組合の推定組織率は長期的に低下し、厚生労働省によれば2025年は16.0%となった。非正規雇用の拡大や転職など、働き方の流動化も進んだ。同じ職場の人間関係が長期間持続することを、当然の前提にはできない。
量を増やせば従来のモデルを維持できるのか
党中央は「いまあるつながり」への働きかけを強調し、入党の働きかけを10万人規模、「5倍10倍」へと広げる方針を掲げている。もちろん、要求対話・要求アンケートなどで新しいつながりをつくる活動も進めている。
それでも、長期的な党勢低下が続いているのは、かつて党勢形成を支えた社会的条件が変化しているのに、従来の組織形成モデルの基本構造を維持したまま、働きかけの「量」を増やすことで対応しようとしているからではないか。
過去の方法を全面的に否定するのではない。その方法を成立させていた条件が変わったことを踏まえて、有効性を検証する必要がある。
4.DSAとの比較――選挙を組織形成の場にする
DSAの選挙戦略
DSA(アメリカ民主社会主義者)の全国選挙委員会は、全国公認候補に対して、選挙運動を通じてDSA支部を成長させ、DSAのリーダーを育成することを求めている。
選挙運動ではボランティア・オーガナイザーを中心に置き、中核メンバーが知識と技能を参加者に伝え、新しい活動家やリーダーを形成することまで選挙戦略に組み込んでいる。
つまり、次のような循環を意識的につくろうとしている。
選挙参加 → 組織化 → 技能形成 → リーダー形成 → 支部成長 → 次の運動
選挙を票を得る場にとどめず、新しい参加者を見つけ、活動を経験してもらい、次のオーガナイザーやリーダーを育てる場と位置づける発想である。
比較にあたっての留意点
日米では、選挙制度や選挙活動の条件が異なる。米国で行われる戸別訪問などを、そのまま日本に適用することはできない。参考にすべきなのは個々の選挙技術ではなく、選挙で既存の自力を使うだけでなく、選挙運動そのものによって次の自力をつくるという発想である。
また、DSAを成功モデルとして理想化すべきでもない。DSA自身の分析でも、2021~24年には新規加入を離脱が上回り、会員数が減少したとされる。重要なのは、組織の増減を分析し、参加者をどう定着させ、活動家やリーダーに育てるかを、組織形成の問題として扱っている点である。
「古い労働運動型のJCP」と「新しい市民運動型のDSA」という対比も正確ではない。DSAも社会主義を掲げ、労働運動や職場組織化を重視している。
同様に、「JCPは選挙で組織をつくらない」という単純化も正確ではない。日本共産党も「選挙勝利と党づくりを一体的にすすめる」とし、選挙活動を党員・読者拡大につなげることを繰り返し提起している。
問題は、その一体化が持続的な組織形成につながっているかどうかである。
理念をどう現在の要求へ結びつけるか
DSAとの比較では、組織技術だけでなく、何を訴えて参加を求めているかも見る必要がある。
DSAも社会主義を掲げている。しかし、その理念を、労働時間、医療、住宅、労働、教育など現在の具体的要求と結びつけ、それらを入口として人々が活動に参加する構造を重視している。したがって、比較すべきなのは、社会主義・共産主義を掲げるか否かだけではない。
長期的な社会像を、現在の生活上の要求や政治参加とどう接続しているか。
理念全体への完全な一致に至っていない人でも、個別の要求や政策への共感から活動に参加し、その経験を通じて政治的主体となれる構造になっているか。この点も重要な比較対象である。
この点は、日本共産党について前に提起した「現在、何への賛同を国民に求めるのか」という問題と表裏の関係にある。
5.「お願いされる人」から「一緒に政治をつくる人」へ
社会構造が変われば、人々と政党の関係も変わる。日本共産党にとって問われるのは「つながり」を捨てることではなく、その意味を変えることである。
従来型の、
つながり → 支持をお願いする → 赤旗をお願いする → 入党をお願いする
だけではなく、
接点 → 対話する → 共通する要求を見つける → 本人が活動に参加する → 意見を述べる → 活動を企画する → 次の参加者を組織する
という関係へ転換できるかが問われる。「お願いされる人」から「一緒に政治をつくる人」への転換である。
党内民主主義は組織形成と切り離せない
そのためには、参加した人が自分の意見を述べられることも重要になる。入口を広げても、入った後に既存方針の実行だけを求められるなら、主体的参加にはならない。
日本共産党では、党内で意見を述べ、異論を保留する権利は規約上認められている。一方、「派閥・分派はつくらない」とされ、決定に反する意見の対外的発表にも制約がある。
DSAでは、政治的傾向を共有するメンバーが組織化し、政策や綱領の変更を求め、公然と論争することが認められている。ここには、異なる組織原理がある。
問うべきなのは、単純にどちらが優れているかではない。現在の組織原則が、新しく参加した人を主体的な担い手として定着させるうえで、どのように作用しているのかである。
人を「政治的主体」として育てるのであれば、選挙活動だけ主体的に参加してもらい、党の意思形成では受動的な存在でいてもらうという関係には限界がある。党内民主主義は、組織形成とは別の問題ではない。持続的な自力形成そのものに関わる問題である。
6.「選挙前より選挙後に強くなったか」を測る
ここまで考えると、「自力」の評価方法そのものを見直す必要がある。
何人に支持を訴えたか。何人に入党を働きかけたか。何人入党したか。赤旗を何部増やしたか。これらは必要な数字である。しかし、それだけでは持続的な自力を測ることはできない。
問うべきなのは、「新しく何人が選挙活動に参加したか」「新しい活動家やリーダーが何人育ったか」「新規読者は、継続して購読しているか」「なぜ、支持、購読、入党に至ったのか」「選挙後に離れた人は、なぜ離れたのか」など、選挙前と比べて、選挙後にどうなっているかである。
「自力」を、党員数や読者数という時点のストックとしてだけではなく、人がどこから参加し、なぜ残り、どう主体となり、次の人を組織するようになるのかという形成過程として捉える必要がある。
7.「選挙期間だけ」の赤旗購読が示すもの
以上のように「自力」を、ある時点での党員数や読者数ではなく、持続的な支持と参加が形成される過程として捉えると、党勢拡大の見え方も変わってくる。そのことを象徴するのが、「選挙期間だけ」の赤旗購読である。
実際の党活動では、「選挙期間だけでも」と購読を依頼し、選挙後に購読を終了するケースがある。選挙前にはこうした購読も「拡大」として積み上げられるが、選挙が終われば減紙となる。
ここで「何部増やしたか」と「どれだけ自力がついたか」は同じではない。選挙期間中に100人の新規読者を獲得しても、その多くが選挙後に購読を終えるなら、短期的には「100人拡大」でも、持続的な自力が100人分形成されたとはいえない。
なぜ拡大しても残らないのか、この循環そのものを検証することが必要である。
同じことは党員拡大にもいえる。「何人入党したか」だけでなく、その人がなぜ入党し、その後も残り、自ら活動を担うようになったのかまで見なければ、持続的な自力が形成されたかは分からない。
つまり、自力を形成過程として捉えるなら、党勢拡大の評価軸も、「何人増やしたか」から「何人が残り、主体的な担い手になったか」まで広げる必要がある。
8.結論――「自力不足」を原因で終わらせない
なぜ自力不足が何度も再生産されるのか。問うべきなのは、「もっと働きかけるにはどうするか」だけではない。「なぜ、これだけ働きかけても残らないのか」である。
何を現在の国民に訴えるのか。何への賛同を求めるのか。現在の民主的改革と、将来の社会主義・共産主義をどう結びつけるのか。党の説明を理解したうえでも支持しない人々の評価をどう受け止めるのか。
DSAとの比較から学ぶべきものは、米国の選挙手法そのものではない。自力を選挙の「前提条件」としてだけでなく、選挙活動によって生み出される「成果」として捉える視点である。
そして、それ以前に、人々が参加したいと思える理念、政策、政治的要求を提示できているか、ではないか。

