はじめに
谷本氏によれば、マルクスは経済学研究を本格的に進める以前には、資本主義の恐慌によって社会が混乱し、そのなかで労働者が立ち上がることで革命が起こると考えていた。
しかし、実際には恐慌が起きても革命は起こらなかった。その後、工場法制定をめぐる運動や労働者階級の成長、国際労働者協会での活動などを経験するなかで、マルクスは、社会変革には労働者階級の多数が社会の矛盾を自覚し、自らの力で社会を変革する主体へと成長することが必要だと確信するようになった、という。
ここまでは、マルクスの革命観を、単純な「恐慌から革命へ」という図式から、多数者自身の意識的な社会変革へと発展したものとして捉える説明であり、重要な問題提起を含んでいる。
そして、「社会変革は労働者階級の多数自身が社会の矛盾を認識し、主体として形成されることによって可能になる」と述べる点でも、マルクスの自己解放論と基本的に重なる。
問題はその次である。
その「変革を起こす多数派をつくる」のは革命政党である。革命政党が労働者のなかに真実を広げ、階級的自覚を高める学習をすすめ、さまざまな闘争を組織し、どのような攻撃や迫害にも屈せず活動することによって多数者革命が可能になる。そして、これが「『資本論』の結論」であり、「マルクスとエンゲルスが到達した多数者革命論の結論」であるというのである。
しかし、ここには検討すべき大きな問題がある。
1 「多数派をつくるのは革命政党」なのか
マルクスが労働者階級の政治的組織、さらには政治党を重視していたことは確かである。しかし、それと「革命政党が多数者をつくる」という命題は同じではない。
国際労働者協会の基本原則に掲げられていたのは、「労働者階級の解放は、労働者階級自身によって獲得されなければならない」という自己解放の原則である。
「労働者階級自身が、闘争と経験を通じて政治的主体として形成され、そのなかで政治組織や政党をつくる」という関係と、「革命政党が真実を労働者に教え、多数者をつくる」という関係とでは、社会変革の主体についての捉え方が微妙に異なる。前者ではあくまで労働者階級自身が主体である。後者では、実質的な主体が党へと移りかねない。
もちろん政党は、政策を提起し、運動を組織し、政治的経験を共有し、社会認識の形成に大きな役割を果たす。しかし、「党が重要な役割を果たす」ことと、「党が多数者をつくる」こととは区別する必要がある。
まして、特定の一党の指導的地位や、中央集権的な党組織、民主集中制といった具体的な組織原則までをマルクスの多数者革命論から直接導くことはできない。
2 それは本当に『資本論』の結論なのか
さらに検討が必要なのが、谷本氏のいう「これが『資本論』の結論である」という説明である。
『資本論』第1部の「資本主義的蓄積の歴史的傾向」で、マルクスは資本の集中が進む一方、それとともに労働者階級が増大し、資本主義的生産過程そのものによって訓練され、団結し、組織され、その反抗も増大すると論じている。
ここから、資本主義はその経済的矛盾だけによって自動的に消滅するわけではなく、その内部で社会変革の担い手となりうる労働者階級が形成されていく、という考えを読み取ることはできる。
しかし、そこに、「革命政党が多数派をつくる」という具体的な政党論が書かれているわけではない。政党の役割を論じるのであれば、『資本論』だけではなく、『共産党宣言』、国際労働者協会の規約や決議、マルクスとエンゲルスの政治活動に関する諸文書などを総合的に検討する必要がある。
したがって、「革命政党が多数派をつくる」という命題そのものを「『資本論』の結論」とするのは、少なくとも『資本論』本文から直接導かれる結論ではない。それは、後の政党論を重ね合わせた解釈だと見るべきだろう。
この違いは単なる文献解釈上の問題ではない。社会変革と政党の関係をどう考えるのかという、現在の政治活動にもかかわる問題である。
3 社会変革の主体は誰か
マルクスの自己解放論を出発点にするなら、社会変革の主体はあくまで労働者・国民自身である。政党は、その主体形成に参加し、要求を組織し、政策を提示し、政治権力をめぐる闘争を担う重要な存在である。しかし、政党そのものが社会変革の主体なのではない。
人々の社会認識や政治的自覚も、一つの政党だけによって形成されるものではない。労働組合、市民運動、社会運動、地域活動、さまざまな政党、研究者や言論人、ジャーナリズム、SNS、選挙、そして仕事や生活から得られる経験など、多様な回路を通じて、人々は社会を認識し、要求を形成し、政治的判断を変化させていく。
市民運動から新たな政策課題が生まれることもあれば、学問的研究によって従来の理論が問い直されることもある。他党との協力によって新しい政治的可能性が開かれる場合もある。
多数者とは、特定の政党が外部から「つくる」ものというより、こうした社会のなかの経験、運動、議論を通じて形成されていくものと考えるべきではないだろうか。その意味で、多数者形成は一方向の過程ではない。
政党は国民に働きかけると同時に、国民から学ぶ存在でもある。社会の変化、市民の経験、異なる意見、学問的成果、さらには自らへの批判を受け止め、それによって政策や理論、組織のあり方を修正していく必要がある。
多数者形成とは、党が国民を変える過程であるだけではない。国民との関係のなかで、党自身もまた変わる過程なのである。
4 日本共産党も選択される存在である
このように考えれば、「日本共産党が弱くなること」と「社会変革の力が弱くなること」は必ずしも同じではない。まして、日本共産党が存在しなくなれば社会変革運動そのものがなくなる、ということも、マルクスの自己解放論から導かれるわけではない。
これは、日本共産党が不要だという意味ではない。重要なのは、社会変革という目的と、政党という手段を区別することである。
目的が国民多数による社会変革であるなら、日本共産党の存続や拡大それ自体が目的なのではない。日本共産党もまた、社会変革にどのような役割を果たすことができるのかによって国民から評価され、選択される政治的主体の一つである。
したがって、思考の順序は、「国民多数による社会変革をどう実現するのか」から出発し、「そのためにはどのような運動、組織、政党が必要なのか」を考え、そのうえで、「日本共産党はそこでどのような役割を果たすことができるのか」を問うものであるべきだろう。
この順序に立てば、日本共産党自身も当然、検証の対象になる。現在の政策は社会の現実に対応しているのか。なぜ支持が広がらないのか。組織運営に問題はないのか。他の政党や市民運動との関係は適切なのか。理論や綱領についても、現実社会の変化や新たな研究成果を踏まえて検証する必要はないのか。
国民自身を社会変革の主体とするなら、政党もまた、国民からの評価や批判によって変わりうる存在でなければならない。
5 党勢拡大は目的なのか、手段なのか
政党が政治的影響力を持つためには、党員や支持者、機関紙読者など一定の組織的基盤が必要である。党勢拡大そのものを否定する理由はない。問題は、それが社会変革のための手段ではなく、党活動そのものの中心的な目的となる場合である。
党勢が後退しているとき、その原因を「党の自力不足」に求め、政策が十分に知られていない。だから党員を増やし、読者を増やし、党の主張をもっと知らせる必要がある――という論理である。
しかし、党が知られていないから支持されないのか。それとも、党の政策や主張を知ったうえでも十分に支持されていないのか。政策、理論、組織運営、社会への向き合い方そのものに、支持を広げられない原因はないのか。
党勢後退を「自力不足」という枠組みだけで捉えれば、こうした自己検証が後景に退く危険がある。多数者革命の主体が国民自身であるなら、党をどう大きくするかという問いより先に、国民が何を求め、なぜ現在の党を選択していないのかを検証する必要がある。
おわりに――多数者革命論から何を考えるか
谷本講演が、社会変革には労働者階級の多数が社会の矛盾を自覚し、自ら変革の主体として形成されることが必要だと述べた点は重要である。だからこそ、その直後に「その多数派をつくるのは革命政党」とする論理は、改めて検討する必要がある。
党を大きくすること自体が社会変革なのではない。社会変革という目的と、政党の維持・拡大という手段を取り違えないこと。そして、国民を党が導く対象としてだけではなく、政党そのものを評価し、選択し、変化を迫る主体として捉えること。
この視点から「多数者革命」を捉え直すことが、社会変革と政党の役割を考えるうえで重要ではないだろうか。
▼講演該当部分の文字起しと元動画の紹介
講演:日本共産党中央委員会 理論委員会事務局長 谷本 諭
55分29秒 ~ 実はマルクスは元々その経済学の勉強を しっかりやる前は資本主義っていうのは、恐慌ですね。要するに不景気のひどいのが起こって社会が大混乱する中で、最後に労働者がわーって立ち上がることで革命が起こるという立場をしばらくずっと○○ます。
ところが、マルクスの、生涯の中で何回か恐慌が起こるんですけれども、全然革命は起こらないわけなんです。で、むしろさっき言ったその 1900…、えー、工場法制定の動き等々見て、労働者階級の成長を見、自らインターナショナルで労働社階級の闘いをやっていく中で確信するわけなんですね。
要するに本当の社会の変革ってのは、労働者階級の多数が社会をどうやったら変わる、なぜ自分たちはこんなに苦しいのかってとこから出発して、社会の矛盾を自覚し、自分たちの階級的使命を自覚し、そしてそれが多数者になっていくことによって、初めて社会の変革が起こるんだと。
じゃあ、その社会の変革を起こすのは労働者国民の多数なんだけれども、じゃあ、その変革を起こす多数派を作るのは誰か? それは革命政党なんですね。だから、そのために、うまずたゆまず労働者の中に真実を広げ、労働者の中で階級的自覚を高めるための学びを作り、そしていろんな闘いを組織し、その社会変革を起こすためにも、うまずたゆまず粘り強く活動する、どんな攻撃や迫害に負けず戦う革命政党が必要だと。それによって多数者革命を起こすんだと。これが資本論の結論であり、マルクスとエンゲルスが到達した多数者革命論の結論だということであります。
で、その多数者革命によって生まれる未来社会についてはもう皆さんも色々な形で、というか、本来それはあの青本の方で、解明されてる話であります。57分22秒
55分29秒 ~ 頭出し動画
なお、講演の最後の方で言及があった米国DSAについては本論考で触れていないが、これに関しては別途ファクトチェックを要する。
参考:『古典教室』第3巻を語る(上)
不破 われわれが「多数者革命」と言っている言葉は、もともとは、この「序文」からとったものなのです。


