SNS時代における政治発信の再検討について

――「内部動員型SNS運用」から「外部読者形成型SNS運用」への転換をめぐって

「量から質へ」――選挙総括における矮小化と前提の再検討

日本共産党は選挙のたびに、党勢後退の要因を「自力不足」に求め、「理念や政策をもっと広く知らせることができれば前進できる」との認識を繰り返してきた。しかし、この「自力不足」という総括は、問題の本質を単なる「宣伝量の不足」へと矮小化させる危険をはらんでいる。

「量を増やせば解決する」という発想に固執する限り、現在のSNS環境において「なぜ届かないのか」「なぜ響かないのか」という質的な問題へのアプローチは遮断されてしまう。有権者がすでに情報過多に置かれている今日、「知らせれば支持が広がる」という前提そのものを根本から再検討する必要があるのではないか。

今日、有権者は既に大量の情報に接している。問題は単純な「情報不足」ではなく、その情報に説得力があるか、信頼に足るか、さらに「立ち止まって読もうと思えるか」である。そうであるなら、本来必要なのは発信量の拡大それ自体ではなく、「有権者にどう見えているのか」を冷静に検証することである。

Xのアルゴリズム変容と「内部循環」の限界

ところが、近年の日本共産党のSNS活用方針には、前述した選挙総括の病理、すなわち「反応数(量)を増やせば支持(質)も広がる」という短絡的な理解がそのまま投影されているように見える。実際には、現在のSNS、とりわけX(旧Twitter)の構造はそれほど単純ではない。

いまやXは、かつてのような単純時系列型SNSではなく、滞在時間、詳細クリック、閲覧継続、プロフィール回遊など、多様な行動データによって表示拡大が左右される空間へと変化を遂げている。つまり、単に「いいね」が多いことより、「人が立ち止まったか」「続きを読もうと思ったか」が重要になっているのである。

そのため、支持者による一斉の「いいね」や「リポスト」は、投稿直後の初期露出には一定の効果を持ち得るものの、それだけで外部有権者への持続的な拡張が起こるとは限らない。むしろ、同じ支持層による定型的反応が反復される場合、SNS上では「内部循環」にとどまりやすい。党組織を動員して「表示数(インプレッション数)」という数字上の量を積み上げても、それが必ずしも「外部への支持の広がり」を意味しないのである。

実際、現在のXでは、強い支持層内部で大量反応が起こり、一時的に急拡散する投稿がしばしば見られる。しかし、その多くは支持者同士、あるいは賛否双方の感情的反応による「エコーチェンバー型拡散」であり、必ずしも支持拡大と一致しない。ここで重要なのは、「支持者が反応したか(どれだけの量を動員できたか)」ではなく、「支持者以外が立ち止まったか(どれだけの質的変化を起こせたか)」である。

「感情動員」の興行化と否定的イメージの可視化リスク

近年、SNSで急浮上する無名候補や新興勢力に共通しているのは、既存支持者による内部動員ではなく、「無関心層」「非支持層」「政治に距離を置いていた層」にまで自然拡散している点である。そこでは単なるスローガンや組織動員ではなく、「人間が見えること」「問題提起があること」「論点整理がされていること」「続きを読んでみようと思わせること」が重要になっている。つまり現在のSNSでは、「何を主張するか」だけではなく、「どう読まれるか」が問われているのである。

にもかかわらず、日本共産党のSNS運用には、「内部支持者による反応数の積み上げ」という、選挙総括とも共通する「量頼み」の発想が色濃く残っている。しかし、SNSとは本来、「内部で盛り上がる場」ではなく、「外部の人間を立ち止まらせる場」である。その意味では、党員に対して「いいね」を呼びかけること自体が問題なのではない。問題は、それが「支持拡大そのもの」であるかのように理解され始めている点にある。

さらに注意すべきなのは、現在SNS上で外部へ大きく拡散している日本共産党関連情報の多くが、必ずしも党にとって肯定的内容ではないことである。実際には、除名問題、しばき隊問題、一部党員による不適切言動、パワハラ的事案など、党への否定的印象を強める話題が強く拡散される傾向がある。これは現在のSNSアルゴリズムが、怒り、対立、炎上、敵味方構図など、「強い感情反応」を伴う投稿を短期的に増幅しやすい構造を持つためでもある。

つまり、「話題になっている(量が増えている)」こと自体を成功と見なすことはできない。むしろ現在のSNS空間では、「可視化されること」が、そのまま否定的イメージの増幅として作用する場合もあり得る。その意味では、現在必要なのは、「党の正しさを内部で確認し合うSNS運用」ではなく、「党外の人々にどう見えているのか」を冷静に分析する姿勢ではないか。

加えて、現在SNS上で成功している政治的発信を見ると、その中心にあるのは必ずしも丁寧な政策説明ではない。むしろ、「敵味方構図の明確化」「感情への訴求」「強いキャラクター性」「ショート動画への適応」「既存メディア不信の利用」「支持者コミュニティの形成」「継続的な大量投稿」などである。

熟議の政治へ――「外部読者形成型」への転換

現在のSNSは、「まず注目を集めること」が強く求められる構造になっている。特にXやTikTokでは、一瞬で理解できる対立構図や感情刺激の強い表現が拡散されやすく、穏当で慎重な長文説明は埋もれやすい。つまり、現在のSNSは、「理解」より先に、「注意獲得」と「感情接続」が優先されやすい空間なのである。さらに現在では、多額の資金投入、広告運用、動画編集チーム、切り抜き動画量産、インフルエンサー連携など、半ば興行的・マーケティング的な手法も大きな役割を果たしている。

したがって、表示数や再生数だけを見て、「支持が広がっている」と判断すること自体が危険である。SNS戦略を重視するのであれば、単に発信量を増やすだけではなく、「SNSという空間そのものが、政治をどう変質させているのか」を検討しなければならない。特に、感情動員や敵味方構図への過度な依存は、社会の分断や過激化を促進する危険も伴う。SNS活用は必要である。しかし、それが「熟議」ではなく、「瞬間的熱狂」を中心とした政治文化へ傾斜していないかは、常に検証されるべきである。

その意味で、今後日本共産党に必要なのは、「自力不足・宣伝量不足」という総括の延長線上にある「内部動員型SNS運用」ではなく、「外部読者形成型SNS運用」への転換ではないか。必要なのは、組織内部で反応数を積み上げることではなく、支持者以外の人々が立ち止まり、読み、考え、さらに他の発信へ回遊したくなるような発信を、どう形成するかについての実践的研究である。

SNSとは、単なる宣伝媒体(スピーカー)ではない。「誰が、どれだけ長く関心を持ち続けるか」をめぐる競争空間へ変化している。「量を増やせば届く」という古い宣伝観を踏まえない限り、「内部では盛り上がっている(量は達成している)」という感覚と、「外部では支持が広がっていない(質が伴っていない)」という現実との乖離は、今後さらに広がる危険がある。

田村委員長は、第29回党大会の結語で「発言者が述べたのは、ただ、党内外の人がこう言っている、ということだけです」として、大山代議員の発言を人格も含めて真っ向から否定した。党内外、とくに外部、一般の人々の声をどう聞くかという問題と合わせて強く指摘したい。

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