はじめに
前回は、「共産主義」という言葉が、一般市民、学術研究、日本共産党の間で必ずしも同じ意味では用いられていないことを整理した。
この問題を考える上で興味深い発言がある。選挙ドットコムの対談動画にて、進行の鈴木邦和氏(選挙ドットコム編集長)が、「共産主義とか社会主義と聞くと、みんなちょっと怖がっちゃう」と述べると、日本共産党の田村智子委員長は「教科書からして『ソ連が社会主義』って書いちゃうわけですよ」と応じ、さらに「本来は経済システムの話なので、それが国家体制の話にされちゃってる」と説明した。
この発言は、「教科書が事実誤認を記述している」という単純な意味ではない。田村委員長は、「社会主義=独裁国家」という世間の固定化したイメージを解き、「本来の社会主義」を説明したいという問題意識からこの発言をしている。しかし、この説明には、言論として検討すべき論点が含まれている。
1. 田村委員長は何を伝えようとしているのか
まず、田村委員長の問題意識そのものは理解しておきたい。
日本共産党が目指している社会は、かつてのソ連型のような一党独裁国家ではなく、民主主義をさらに発展させる社会である。だからこそ「共産主義は怖くない」「民主主義はさらに発展する」という点を広く世間に伝えたいのである。
この点は、現在の日本共産党綱領(スターリン以後の旧ソ連を、社会主義ともそれへの過渡期とも無縁な、人間抑圧型の社会と評価する立場)とも整合している。したがって、この発言は旧ソ連を擁護するものではなく、むしろ旧ソ連型体制と自党の理念を明確に区別しようとする文脈から生まれたものといえる。
2. 学校教育(教科書)は何を教えているのか
ここで、一度立ち止まって考えたい。そもそも学校教育は、「社会主義」をどのように教えることを目的としているのだろうか。
義務教育や高校教育における歴史・公民教育は、特定の政治思想や政党の理念を検証・評価することを目的としているわけではない。学習指導要領が重視しているのは、歴史的事実や制度、国際関係、政治・経済の基本的な仕組みを理解するとともに、諸資料に基づいて社会的事象を多面的・多角的に考察する力を育てることである。
そのため学校教育では一般に、ロシア革命とソ連の成立、計画経済、共産党による政治支配、第二次世界大戦後の社会主義諸国の成立、冷戦下における社会主義陣営の形成などが、20世紀史を理解するための事項として扱われる。
「ソ連は社会主義国家を自称していたこと」も含め、教科書が教えているのは、あくまで「20世紀の歴史を構造的に理解するための分類」なのだ。
3. 教科書は本当に間違っているのか
教科書が「ソ連は社会主義国だった」と説明するとき、それは「マルクスの理想社会が完全に実現していた」という思想的な評価を下しているわけではない。
歴史学や政治学では、その国家が「自ら何を名乗り、どのような制度(計画経済など)を採用し、国際社会でどう位置付けられていたか」という客観的事実によって、客観的に分類する。すなわち、教科書が書いているのは「歴史的分類」である。
一方、日本共産党が説明しているのは、同党がマルクスの原点に立ち返ったものとして提示する「本来の社会主義」の理念である。つまり、両者は同じ「社会主義」という言葉を使いながら、異なる問いに答えている。ここに混同が生じているのだ。
4. 歴史的分類と理念は矛盾するのか
しかし、この二つの視点は必ずしも矛盾しない。例えば、教科書の記述をベースに「ソ連は歴史上、社会主義国家として分類されている」という事実を一度認めた上で、「しかし、私たちが理念として目指す社会主義は、それとは全く異なる民主的なものである」と説明することは十分に可能である。
むしろ、このようなアプローチのほうが、学校教育の知識とも衝突せず、一般市民にとっても受け入れやすい論理展開となるはずだ。
5. 社会との対話という視点
対談の中で鈴木氏は「私もそう思ってるし。みんなそう思ってます」と率直に述べているが、この一言は非常に重い。これは、一般市民の認識不足によるものではない。学校教育、新聞やテレビの報道、冷戦史の記憶、そしてソ連自身の自己規定といった多層的な歴史的経験を通じて形成された、ごく自然な社会通念なのだ。
だからこそ、その市井の理解に対して「教科書がそう書いているからおかしい」と否定から入るよりも、「歴史上はそのように分類されてきた。しかし、日本共産党が掲げる理念はそれとは別物である」と言い換えた方が、社会との対話としてはるかに説得力を持つのではないだろうか。
おわりに
田村委員長の発言は、「共産主義=独裁国家」という強固な固定観念を解こうとする試みとして理解できる。しかし、その手段として「教科書の記述」を否定的に位置づけると、教科書が果たしている歴史教育上の役割(事実の分類)との違いが十分に伝わらず、すれ違いが生じてしまう。
教科書が教えているのは歴史上存在した国家体制の「分類」であり、日本共産党が語りたいのは未来に向けた「理念」である。この二つは本来、排除し合うものではない。
日本共産党が「本来の社会主義」をより広く社会に浸透させたいのであれば、まずは教科書の歴史的分類を受け入れた上で、「歴史上そのように分類されてきた体制と、日本共産党が目指す社会主義とは異なる」と地続きで説明する方が、社会との対話として自然であり、より多くの共感を得られるのではないだろうか。
【禁断】共産党って名前を変えませんか?共産主義って実現できる?党のトップに直撃!【田村智子ー日本共産党・委員長】選挙ドットコムちゃんねる動画
<文字起し> 22分7秒~
鈴木)ああ、なるほど。こうやって聞くとですよ。あの、ま、共産主義とか社会主義と聞くとですね、みんなちょっと怖がっちゃうんですけど。
田村)ああ、そうですね。
鈴木)今の田村さんのお話を聞くと別に怖い世界ではないです。
田村)ではないんですよ。
鈴木)全然怖い世界でない。これはなんかもうちょっとなんかちゃんと。
田村)伝えてかないといけないんだけど。ただね、もうね教科書からして「ソ連が社会主義」って書いちゃうわけですよ。
鈴木)書いてますよね。だからみんな私もそう思ってるし。みんなそう思ってます。
田村)おかしいんですよ。本来は経済システムの話なので、それが国家体制の話にされちゃってるんですよ。そうじゃないですよ。国家体制は、民主主義はもっと発展させるって当たり前のことで。これは普遍的真理ですよ。で、経済をどうするかという話なんだ、というところに、やっぱり、そもそものところに、戻してくことが必要かなと思います。
鈴木)この、今まさに田村さんのお話いただいた政治の方ですね。経済のシステムでなくって、政治の方は、共産党さんは民主主義。これはやっぱり共産党さんが目指す社会も民主主義を前提とした社会なんですね。ここは別になんかこう独裁的なものを目指してるわけではないですよね。
田村)ないです。むしろ、究極的には国家の消滅ですから。つまりそうやってあの人間が本当に豊かに発達していって、何かこう今のその例えば法律っていうのは、あるルールに国民を従わせるために作ってる部分が相当ありますよね。そういうのが必要のなくなる社会ってのを究極的には目指すわけですから。国家の消滅を。
鈴木)この国家が消滅した時に例えばその。
田村)それかなり究極なんで。あまりイメージできない。イマジンの世界ですよ。
次回予告 第5回:「共産」という党名は理念を伝えているのか 党内外に党名を変えてはどうかという声がある。しかし、「党名を変えても『元共産党』と言われるだけだ」との理由で党内の議論にならない。「元共産党と言われる」とは何を意味するのか、考えてみたい。
※本連載の全体像や基本方針は、こちらの案内ページ(共産党研究/連載一覧)をご覧ください。

